「めぐみのことば」 (10/18) をアップしました2015年10月31日

めぐみのことば 喜び祝う父(ルカ15:11~32) 山脇正子師

主イエスは、パリサイ人や律法学者にたとえで語られました。それは、弟息子が父に「父よ、あなたの財産のうちで私がいただく分をください」と申し入れたと言いました。そこで、父は、その財産を2人に分けてやりました。しかし、幾日もたたない内に、弟息子は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行ってしまいました。自分の1番近くにいて、最も愛してくれる父の元を離れて旅立ってしまったと言うのです。父から離れる弟息子です。
父から離れた弟息子は、放蕩に身を持ちくずし、財産を使い果してしまいました。父から受けたものを、すべて使い果たのです。しかも、何もかも浪費した後、その地方にひどい飢饉があり、食べることにも窮しはじめました。これは、食べ物だけのことではなかったことでしょう。物質中心は、行き詰まります。持っている時は、人は寄ってきますが、失われますと去って行きます。その心は、ぽっかりと穴があいてしまいます。
彼は、その地の住民のところに行き、身を寄せ、豚飼いになりました。豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどでしたが、何もくれる人はなかったのです。こんな悲惨な状況があるでしょうか。そこで、彼は本心に立ちかえり、立って、父のところへ出かけました。決断し、行動するには、勇気がいります。悔い改め、回心、帰還したのです。
その時、父は遠く離れていたのに、彼を認め、走り寄り、その首をだいて接吻しました。1日千秋の思いで待っていましたから…。父は、僕たちに「最上の着物を着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。肥えた子牛ほふり、食べて楽しもう。息子が死んでいたのに生き返り、居なくなっていたのに見つかったのだから」と、喜び祝いました。
神は、私たちの立ち返る素直さ、一歩踏みだす勇気を喜ばれます。私たちを神の愛に取り込むために、主イエスの十字架は、カルバリー丘に立ったのです。