「めぐみのことば」(11/29) をアップしました2015年12月09日

めぐみのことば

良い木はよい実を結ぶ(マタイ7:15~23) 山脇望師

救い主イエスの降誕を待ち望むアドヴェントの時になりました。神こそは、待ち望むお方です。良い実を待ち望んでいます。そのために、主イエスが人となり、私たちのところに来てくださいました。
良い実とは、「悲しんでいる人は幸いである」から始まる「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」「人を裁くな」「思いわずらうな」と語る主イエスによる山上の説教です。これこそが、良い木によって結ばれる「天にいますわが父のみ旨を行う」生活です。
人は、このような実を結ぶことを求めていますし、キリスト教だけの教えではないと思っています。そのために修業をし、学び、鍛え、最初は羊の皮を着たおおかみのようであっても、次第に内側も羊のようになっていくと信じて生きています。
そうではありません。羊の皮の用い方が巧妙になり、中味まで羊であるかのように見せるようになるだけです。自らの力、働きによって、良い木に変えていくことはできません。ただ「わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう」(ヨハネ15:4)と、主イエスにつながること、すなわち主イエスをすべての源とすることによるのです。
フランスの思想家、活動家であったシモ-ヌ・ヴェユは「二つの大きな力が、この宇宙を支配しているのは、動力と恵みである」と語ります。
人は、「動力」(引力)の支配に生きています。力の支配です。吸収し、拡張し、獲得すること、その力を身につけようとして懸命に生きるのです。中には、そのために主イエスをも、利用しようとするです。
「恵み」の支配、それは力の支配ではありません。すべては、神の働きだからです。源は、私にあるのではなく、神にあります。ただそれをいただくだけです。神の恵みの働きによって良い木とされ、良い実を主にあって結ぶ者とされます。