「めぐみのことば」(11/8) をアップしました2015年11月22日

めぐみのことば

帰ってきたサマリヤ人(ルカ17:11~19) 山脇正子師

主イエスがエルサレムに行こうと決意し、その方に顔をむけ、今日も明日も次の日も進んでおられた時のことです。サマリヤとガリラヤの境界線を通られました。そこに、10人の重い皮膚病の人たちが、集団でいました。彼らは、外の人と交われない壁がありました。律法では、「汚れた者」「汚れた者」と叫びながら、風下に立ち、50ヤード離れていなければなりませんでした。共通の悲劇の前に多分ユダヤ人もサマリヤ人もなくなっていたことでしょう。自分たちのすべては、救いを必要とする者と言う共通の課題を抱えていたのです。
彼らは、遠くの方で声を張りあげ「イエスさま、わたしたちをあわれんでください」と叫んだのです。主イエスは、どんなに遠くにいても、彼らの苦しみ、悩み、求めを認識されるお方です。主イエスは、「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」と言われたのです。病であることも、癒やされたことも、祭司の宣言を必要とするからです。特に癒やされることは、清められることであり、社会生活ができるようになるからです。
彼らは、行く途中できよめられました。行途中にです。彼らは見ないで進む信仰に立ちました。10人が10人歩き出したのですから、すごい信仰者達ではないでしょうか。しかし、その中の1人が、自分が癒やされたことを知り、大声で神をほめたたえながら帰ってきたのです。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝しました。サマリヤ人でした。
自分が癒やされたことを知った時から賛美と礼拝が始まったのです。彼の心と体の大転換、救いの経験です。生き方が、ひっくり返る経験をしたのです。きっと祭司に見せる前に、主イエスのもとに帰ってきたのでしょう。癒やされたら1週間のきよめの儀式があるはずですから…。主イエスは「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ」と語られました。神の言葉に聞き、賛美できますように。