「めぐみのことば」(12/13) をアップしました2015年12月20日

めぐみのことば

「失われた者を尋ねだす主イエス」(ルカ19:1~10) 山脇正子師

すべての人々の救いの成就のためにエルサレムに急がれる主イエス、パレスチナで最も豊かな棕櫚の町エリコを通られました。エリコは、パレスチナの中心的課税地、そこにザアカイ(正しい人、清い人)がいました。彼は、取税人の頭で、金持でした。
当時取税人は、売国奴と言われ、罪人扱いされ、軽蔑されていました。ザアカイは、生きるためには不自由はなく、世的に幸せであったかもしれません。しかし、人の交わりから断たれ、冷たい視線の中に身をおく、孤独な人でした。彼は、主イエスをなんとか見たいと思っていましたが、背が低く、群衆の反感にさえぎられて、見ることができませんでした。ザアカイの願望は、人々の反感よりも強く、主イエスを見るために、前の方に走って行き、通られるところのいちじく桑の木に登りました。
主イエスは、その場所にこられた時「ザアカイよ」と目をとめ、心をとめ、名を呼ばれました。どんなにかザアカイは、自分を価値ある者として取り戻したことでしょう。そして「急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」と言われました。「泊まらなければならない」と、神の定め、神の計画であると断定的に語られました。 そこでザアカイは、急いでおりてきて、よろこんで主イエスを迎え入れました。彼は、主イエスの言葉に従い、決断し行動したのです。主イエスとの出会いは、彼の生き方を変えました。「自分の財産の半分を貧民に、不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」と、物の世界から愛の世界に転換しました。
そして、主イエスの宣言を聞きます。「きょう、救がこの家にきた」と。ザアカイだけではなく、ザアカイの家に「今日」「今、ここに」と…。
主イエスの地上のご生涯の大目的は、「人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」に、尽きるのです。