「めぐみのことば」(2/28) をアップしました2016年03月05日

めぐみのことば

自由な人は仕える人(ガラテヤ5:1~6)山脇望師

すべての人は、主イエス・キリストの身代わりにより神の子、神の相続人とされています。これは神の恵みにより無条件にそうされています。まさにアブラハムに約束された神の祝福にあずかる者です。
ところが「いや、それでは不十分だ。イスラエルの民が厳守してきた『律法と割礼』を守ることが必要だ」と主張する人々がいたのです。「主イエスの救いが必要、同時に行いも大切、この二つが充実することが、神の祝福に生きることだ」と。
「物わかりのわるいガラテヤ人よ」と、いわれました。「ばかもの!」です。もしそうだとしたら、神の豊かな相続人でいますのに、そのなかで朝早くから夜遅くまで、食事の準備、掃除、洗濯、買い物、少し間違っても叱られ、叩かれ、厳しい言葉を浴びせられ、戦々恐々と生きている奴隷と同じだというのです。なんとも不可解な光景です。
「自由を得させるために、キリストは私たちを解放してくださった」のです。まったく律法の奴隷から解放されています。自由人です。しかし、それは同時に「愛をもって互いに仕えなさい」と、愛の僕(奴隷)であることを忘れてはなりません。すなわち同じ僕でも「律法の僕」ではありませんが、「主イエスの僕」として生きるものです。それは肉の働きによるのでなく、キリストの霊である聖霊の働きによる僕です。聖霊が私たちを通して「愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制」の働きをし、その実を提供していきます。そのために主に仕え、人々に仕えます。
「3K」、すなわち「固い」「暗い」「くれない」という言葉があります。これこそ律法の奴隷として生きるところにあらわれる姿でしょう。
「3A」、すなわち「明るい」「あたたかい」「与える」という言葉があります。これこそ、御霊による働きの姿です。