「めぐみのことば」(2/7) をアップしました2016年02月20日

めぐみのことば

神の相続人(4:28~31)山脇正子師

「小公女」という物語があります。インドで事業を興した財産家の父が、その娘のセ-ラ・クル-を母国イギリスの女学校に入れます。ダイヤモンド・プリンセスとして、特別待遇を受けて…。ところが、お父様が病死し、事業に失敗したことによって無一文になりました。一転して「お嬢様」から、学校で働く「女中」となり、朝から夜まで働かされます。屋根裏部屋に追いやられ、みすぼらしい服を着せられ、食物も十分与えられず…と。しかし最後は、お父様の事業は成功して、財産の相続人として相続するのですが…。
「…すべての国民は祝福される」「神による相続人である」のです。ところが、何と多くの人はセ-ラ・クル-のように、奴隷のように生きていることでしょう。それが、「律法のもとにある者」の姿です。聖書から見ると、社会そのものが律法の支配のもとに生きている奴隷の集団に見えるのです。力を尽くして働き、気を使い、まわりの裁き、非難の目を気にしながら、また他人の振るまい、態度を非難し裁きながら…と。
主イエスにあって「子たる身分を授けられた者」「神の相続人」です。「相続」は、神からの一方的な働きです。人間のわざによりません。それをアブラハムとサラによるイサクの誕生にたとえました。「約束の子」なのです。しかし、アブラハムとハガルによってイシマエルが生まれます。「奴隷の子」です。人間の働き、努力、計画によります。このたとえこそ、神の祝福に生き、それに預かるのに神の恵みの業によるか、私たちの働き、努力によるかを教えているところです。
どうぞ、イサクとイシマエルを同居させることがありませんように。あなたの心に平安と喜びがなく、混乱と不安、思いわずらいが吹き荒れている姿でないために。