「めぐみのことば」(5/24)をアップしました2015年05月31日

めぐみのことば

イエスのあかし人となる」(使徒行伝2:1~4)  山脇望師

神の祝福の回復のために、神はそれぞれの時のなかに働かれます。「イスラエルの時」(準備の時)があり、「イエスの時」(救いの完成の時)があり、「教会の時」(イエスによる救いを宣教する時)です。今日は、「教会の時」です。イエスを救い主と信じる人を用いて、神は働きを進めます。そのために「ただ、聖霊があなたがたにくだる時」が、必要でした。
それは「五旬節の日がきて…」と、小麦の収穫を終えて、神への感謝の心をパンにして献げる、「五旬節」の時に起きました。これは、単なる偶然ではありません。教会の誕生とは、イエスを信じるものが「いのちのパン」とされ、人々に提供される働きの開始であり、神の救いの「開店」です。
皆さんは、どのパンがお好きですか。あんパン、ジャムパン、クリ-ムパン、あるいはド-ナツパンでしょうか。どんなパンでも、まず小麦を「粉」にします。「粒」のままでは、パンになりません。「粒」は「米」と「立」です。それぞれが、バラバラに立っています。それが砕かれて「粉」になります。「米」と「分」です。そこにあるのですが、分けられて分かりません。
主イエスの弟子たちも、「私たちが偉い」「わたしはみんなが捨てても捨てない」「わたしは信じない」と、バラバラに立っていました。「粒」でした。その彼らが、神の言葉と「心を合わせ…ひたすら祈りをしていた」と、祈りによって砕かれ、錬られたのです。聖霊による、「天よりの火」が与えられました。それによって、「わたしの証人となる」の備えが出来ました。
パンが焼けてくると、「香り」「色」「味」がしてくるように、まわりの人は、必ず何かを感じてきます。ただ、小麦の粒を「石うす」のなかにおくように、神の働きのなかに置けるかどうかです。美味しい「いのちのパン」である主イエスを提供する、「イエスのパン」として用いられましょう。