「めぐみのことば」(7/12)をアップしました2015年07月19日

めぐみのことば

主イエスに聞く(マルコ9:2~8) 山脇正子師

主イエスは、「人々は私をだれと言っているか」「それではあなたがたは私をだれというか」という大切な質問されました。「あなたこそ生ける神の子キリストです」とペテロは告白をし、その信仰を土台として教会を建てる、と主イエスは語られたのです。
そして、その時から「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と語られました。そこにこそ真実な道があるからです。
その6日後、イエスはペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山すなわち、ヘルモン山に登られました。この3人の弟子は、会堂司ヤイロの娘の甦り、ゲッセマネの祈りと主イエスの秘密の立会人として共に、この時も同伴したのです。
その彼らの目の前で、主イエスの姿が変貌、衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほど白くすることはできないくらいになったのです。この栄光の姿こそ、本来の主イエスの姿であり、僕の姿こそ変貌の姿なのかもしれませんが…。
その主イエスは、律法の代表者モーセと預言者の代表エリヤ、すなわち旧約の代表者と語り合っていたのです。3人は何を語り合っていたのでしょうか。 ルカは、「最後のこと」(エクサダス)十字架、すなわち栄光への脱出について、話題は集中していたと語ります。弟子たちは、眠っていましたが目を覚まし「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。…小屋を三つ建てましょう」と。
すると、雲の中から声があり「これはわたしの愛する子である。これに聞け」と語られました。弟子たちの聞くべきお方は、主イエスだけなのです。そして「ただイエスだけが…一緒におられた」のです。
私たちは、生活の只中で主イエスだけを見、主イエスの言葉を聞き、歩みながら神の恵みを経験し、「栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられていく」(Ⅱコリント3:18) という変貌を経験できますように。