「めぐみのことば」(7/26) をアップしました2015年08月01日

めぐみのことば

「日ごとに神を信頼する」(マタイ6:11) 山脇望師

朝早くから体を使い、気を使い、神経をすり減らして得た収入によって食物を得ている生活にあって、「日ごとの食物」のために祈ることを求めています。率直、何と女々しい、仕事のできない、最後の方法として祈る程度のことであると思います。
主イエスがこの祈りを求めているのは、食事は単なる肉体の栄誉、力、味を楽しむということだけでない、豊かな神の祝福が、心の糧が、その中に秘められているからなのです。
「与えてください」と祈る時、それは食物だけでなく、神ご自身をいただく、すなわち神の恵み、愛、いつくしみをいただいていることを確認します。「天の父は、…太陽をのぼらせ、…雨を降らせて」くださる、神の愛をいただくといったらよいでしょう。 「きょうの食物」を祈ります。イスラエルの民が40年間荒野の世活をし、彼らは毎日食物である「マナ」を集めました。1週間、1ヶ月分まとめて集めて保管した方がよいと思いますが、「日ごと」なのです。それは、集める方も大変ですが、日ごとに備える神の働きはどうでしょう。日々忠実に、真実に、忍耐深く備えてくださっているのです。それは、日々、祝福の中に、力強く生きて欲しいと願っておられる神のみ心を味わいます。
そして、「われらの」です。祈りの広がりがあります。「生めよ、増えよ、地に満ちよ」と言われました。しかしながら、現実は飽食の中におぼれている人がいるかと思えば、飢餓の中にあえいでいるひとがいる。この解決は、「われらの」と祈るところからしか始まりません。父なる神が、「ひとり子を賜うほどにこの世を愛された」この神の愛をいただいて生かされているところに、「われら」が広がりをもっていきます。
食物は、肉体と魂のことでもあり、それに生かされている恵みを神に感謝し、そしてこの祝福が、さらに広がりますようにと祈ります。