「めぐみのことば」(8/2) をアップしました2015年08月09日

めぐみのことば

「神よ、おゆるしください」(マタイ6:11) 山脇望師

からだのためには「食物」が、魂のためには、「ゆるし」が必要です。これらが車輪の両輪のように、健全に働くことによって心身ともに健康に生きていきます。
人は、関係の中に、交わりによって生きています。お互い愛し、信頼し、望みをいだいて生きています、しかし、その中で人は完全に生きられませんから「ゆるされ」「ゆるす」経験をするのです。
その中で、最も大切な交わり、関係はわたしたち創造者であり、父なる神様です。この交わりにおいてどうでしょう。神のゆるしを必要としています。それゆえ、主イエスは、「負債(罪)をおゆるしください」と祈ることを教えられたのです。
私たちの負債は、どれほどなのでしょう。主イエスは、一万タラントの負債を返さなければならない僕のたとえ(マタイ18:22~)を通して語りました。王は可愛そうに思い、その負債をすべてゆるしてくれました。
そのように、父なる神は、「主は私たちのために命を捨ててくださった」と、主イエスの命をかけて負債を「ゼロ」にしてくださいました。何とありがたいことでしょう。
ところが、主イエスは、「わたしたちに負債のある者をゆるしましたように…」と、祈ることを教えたのです。「…ように」とは、「比例して」「同じく」という意味です。すなわち、私が他人の過ち、罪、あるべきでないことをされたことをゆるすに比例して、ゆるしをお願いできるのです。「5つ」ゆるしたら、「5つ」ゆるしてくださいと。
主イエスによって、すべての罪は無条件にゆるされているはずなのに、なぜこのように祈るのでしょう。それは、人は、「ゆるす」ことによって、はじめて「ゆるされている」ことの大きさ、重さを知るからです。そして、神の前に謙遜にされ、ゆるされていることを神に感謝できるからです。