「めぐみのことば」(8/30) をアップしました2015年09月06日

めぐみのことば

「あなたの目は澄んでいますか」(マタイ6:19~24) 山脇望師

人は、生きていくために「宝」を、すなわち信頼でき、生かし、喜びを与え、生きる力、希望、夢を与えてくれるもの求め、それを大切にしています。ある宣教師が人食い人種といわれる人々のもとに行きましたところ、それぞれの住みかに人のガイコツが並べられてあり、「どうしてですか」と聞くと、「これは我が家の宝です」と答えたと言います。
ところが、主イエスは虫が食べ、さびつき、そして盗人が盗むような宝でない「宝」を語ります。天のみ国まで有効な宝です。それは何でしょう。「神に対する信仰」です。神は私たちの味方、御子を惜しむことのないほどに私たちを愛してくださり、いかなる患難、苦悩、迫害、飢え、危難が襲ってきてもそれらに打ち倒されない、強い愛をもって勝利してくださる神ご自身です。これ以上の宝はあるでしょうか。ありません。
すべては、「あかり」があって、はじめて見えます。そのように、心の目は明かりの働きをしていると言うことは、目は澄んでいる必要があると言うことです。「泉」のように水が澄んでくると良く見えてくるように。天の宝も同じです。そして、「澄んでくる」とは、「物惜しみしない」という意味がありますから、天の宝をいただいている事が自分の事になるとき、現実の生活にあって物惜しみしない業に喜んで生きるのです。
そして、天に宝を貯えている生活は、有形無形の「富」という宝に仕えている人の中にあって、「神」を宝として、神に仕えます。具体的に生活し、仕事をします。表面的には何の変わりはありません。しかし、本質的には「神の栄光のため」なのです。
人は、腐り、奪われ、消えてしまうこの地の宝ではない、永遠の宝が主イエスによって備えられている現実に目が開かれ、その目が澄んでくるに従って、永遠の宝である「神」に仕え、大切にする喜び、幸いが育てられてきます。