「めぐみのことば」(8/9)をアップしました2015年08月16日

めぐみのことば

「人生の新しい一歩」(ヨハネ1:1~11) 山脇正子師

私たちの人生には、あの時あの出来事の中に、あの時あの方に出会ったことで、大きな転回点の経験をしたということがあります。その中で、私たちは主イエスに出会っていただき、神の子としていただいたこと以上の恵みの経験はありません。
主イエスが、朝早い静かな時、宮にはいられ、人々に教えておられたました。すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、現行犯の姦淫の女をひっぱってきて、中に立たせたました。そして、主イエスに「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。 モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」と質問しました。それは、主イエスをためし、訴える口実見つけるためだったのです。
その時、主イエスを絶体絶命の窮地のジレンマに追い込み、悪しき計画に、はめ込んだかに見えました。しかも、律法学者たちやパリサイ人たちは、女性を人格者としてではなく、ただ主イエスを陥れる道具として引き出しているだけでした。しかし主イエスは、その冷酷な目ざしを感じながら、沈黙の中で身を低くし、かがみ、指で地面に何か書いておられました。主イエスは、愛と赦しを心に秘め、書いておられたのではないでしょうか。愛は、人の傷口を広げることはしませんし、相手を包み、静かに重荷を負うのではないでしょうか。愛は、相手の側に身を置きます。
主イエスは、彼らが問い続けるので「あなたがたの中で罪のない者が…この女に石を投げつけるがよい」と言われました。どのくらい時間がたったのでしょうか。「イエスだけになり、女は中にいたまま残された」のです。そこで、十字架で律法と福音を一つにされた主イエスは「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」と、この女性に救いを与え、全き解放、自由を与え、希望に満ちた、新しい一歩を踏みださせたのです。