「めぐみのことば」(9/20) をアップしました2015年09月27日

めぐみのことば

「束縛からの解放を与える主イエス」(ルカ13:10~17) 山脇正子師

この記事は、医者ルカだけが記しました。主イエスが「安息日に、ある会堂で教えておられると」と。この会堂がどこの会堂か解りませんが、これまで主イエスは、何度も何度も会堂に入り教えられました。その教は「貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、主の恵みの年とわれわれの神の報復の日とを告げさせ…」(イザヤ61:1.2)であったことでしょう。この時の主イエスの教えは、会堂での最後の記事です。
「そこに」です。主イエスの前に「女がいた」のです。だれの前に自らの身をおいているかはとても大切です。その女性は、どんな女性だったのでしょうか。18年間も病気の霊につかれ、かがんだままで、体を伸ばすことの全くできない状態でした。どんなに不自由な毎日の生活だったことでしょう。しかし、たったひとりを大切にし、助けることを明日まで延ばさず、放っておかれない主イエスの前に、女性はいたのです。何と幸いなことでしょう。
その女性を主イエスは、「見て、呼びよせ」ました。愛の目差しと愛の呼びかけです。主イエスのぬくもりを感じます。そして、いきなり「女よ、あなたの病気はなおった」と、おっしゃったのです。「なおった」それは「解放された」と言う意味です。そこで、手をその上に置かれました。すると立ちどころに、そのからだがまっすぐになり、18年間の苦しみから解放されました。完全な回復です。
そこで女性のしたことは、神への賛美です。神の栄光をのみをたたえたのです。群衆も、また神のみ業を喜びました。
私たちも、多くの課題をもち、身をかがめてしまいます。「女よ、あなたの病気はなおった」「あなたの課題は、解放された」と、語られる主イエスの宣言のことばと暖かいみ手のある生活。完全な解放の恵みの中で歩ませていただきたいものです。