「福音の風」~わたしのあかし 2~  牧師 小林 光生2016年05月01日

 私は小さい頃、二つの恐れがありました。
一つは「自分のお父さんお母さんが死んだらどうしよう。かわいそうなぼくちゃん」という死への恐れでした。
もう一つの恐れは、母親の財布からお金を盗み出しては使ってしまってやめられないという、罪への恐れでした。

 あるときに母親に「もうぬすんじゃあだめだよ」と説教された後、母親は昼寝をしてしまいました。
そのそばには財布がころがっているではありませんか。
今考えると、それはテストであったかもしれませんが、やはりその財布からお金をだして使ってしまったのです。

 私は、その当時、あだながありました。
おでこが広いので「でこ」とか、また家がキリスト教会をやっているというので、「キリスト坊や」というものです。
「あだなは、キリスト坊や」でもその行いは「キリスト坊や」ではなかったのです。

 小学生3年か4年の時でした。
父親が山に登るというので、わたしもついて行くことにしました。一緒にピクニックに行くような気分だったのです。
ところが、その山に登る途中に父親は聖書のある話をしてくれました。
それは、旧約聖書に出てくるアブラハムがイサクをささげる時の話です。
「アブラハムがイサクをささげたようにおまえも神様にささげられるんだよ」と脅されました?!
山頂で、私と父親は蒲郡の景色を見ながらお祈りしました。その時に聖書のあるところが心に浮かんできたのです。

 「子よ。やすかれ。あなたの罪は赦された。」

というものです。そして父親とその所で一緒に祈ったのです。