「福音の風」~わたしのあかし 3~  牧師 小林光生2016年05月15日

 中学生の卒業式を前にした時です。
卒業式のリハーサルが行われ、下級生が体育館のところの私たちの前を通っていくのです。
「それ、からかってやれ」とか「蹴りを入れてやる」みんな足を仕掛けたり、下級生を卒業生に見立てて拍手したりからかっていました。
わたしも、その仲間に加わりました。ところが、私たちのクラスの委員長がいたずらを越えて下級生の歯を一本折ってしまったのです。
 暴力事件となり、呼び出しがありました。その後で、わたしは「ああ、自分の血の中には人を傷つけるようなものがあるのだ」と思ったのです。
このような中で、イエス・キリストによる救いにたいして疑問を持つときもありましたが、父親や母親の生活を見ていて、キリスト信仰を否定することは出来ませんでした。
そして救いの確信を持つことのできるような信仰の経験へと導かれて行ったのです。
 近くの大学の経済学部に進学して、自分の進路を決めるときです。
同級生の人たちは公務員になったり、サラリーマンになっていく中で、私は小さいときから、親の姿に反発するところもありましたが、「自分は牧師になるのだろう」「牧師になりたい」という思いがありました。
でも、こんなものが牧師となれるのかという恐れがありました。
 そのような時にある所で聖書の中のことばに出会ったのです。
それは、新年の特別な聖会という集いの中でした。その聖書のことばは

わたしは、ギリシャ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも返さなければならない負債を負っています
(ローマ人への手紙 1章14節:新改訳)

というものでした。