「福音の風」  牧師 小林 光生2017年01月22日

 先週の日曜日は中国地方に雪が降った。倉敷あたりはそれ程でなかったようだが、柵原は雪景色となった。雪がかなり強く降る時と太陽が照る時が短時間で入れ替わる。山陰と山陽の天気が攻め合っていると感じた。
 昔はこのような雪が多かったが、最近は少なく、タイヤも冬用に換えない人も多いとのこと。
そういう訳で礼拝に来られた方(鳥取の方からも来られた!)と来られなかった方々もおられた。
 礼拝が始まる前に玄関で来られる方を迎えた。すると白髪あたまに雪が降りかかり、非常にきれいな光景であった。雪かんざしというか、雪の冠が輝いている感じだ。「これは歌になる」と思った。その時すぐには出来なかったが、後で俳句をつくってみた。普段つくっていないで名句とはいえないが・・・
   礼拝へ
   白髪あたまに
   雪かざり
 厳しい情景の中でこそ展開される美しいものが与えられるのであろう。パウロはコリント人への第2手紙での最初に次のようなことばを述べている。

「それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、
 わたしたちの受ける慰めもまた、
 キリストによって満ちあふれているからである。」
 (新約聖書 コリント人への第2手紙 1章5節)

 このコリント人の第2の手紙を通じて、「キリストにある豊かさ」を学んでいきたい。
まずキリストにある慰めの豊かさが登場する。