「福音の風」  牧師 小林 光生2017年02月05日

 昨年、サッカーJリーグの名古屋グランパスが二部への降格の危機にあって、チームを退団してブラジルに帰っていた闘莉王(トゥーリオ)選手を日本に呼び返した。その時の新聞の見出しを紹介した。
「クランパスに救世主!」
残念ながらグランパスは、二部に降格。闘莉王は、「救世主」になれなかったのだ。
 この「救世主」ということばこそ、今日の礼拝説教にでてくる「キリスト」なのだ。追い詰められると私たちは人間を「救世主」にしたがる。私たちは、「イエス様、あなたこそキリストです。メシヤ(救世主)です」と告白することの意味を知っていくことが大切だ。
 毎日のニュースで、アメリカ政治における危機が報道されている。そのような中でスタンレイ・ハワーワスという人が次のように指摘している。
「私たちが忠誠を約束するのは、国家や個人に対してではなくて、神に対してなくてはならない。大統領をメシヤのように考えてはならない・・」
 主イエスは「わたしをだれと言うか」という問いをピリポ・カイザリヤという所でされた。この町は皇帝カイザルにちなんで建てられた町である。皇帝がメシアのように持ち上げられているような中で、弟子たちは告白したのだ。
「あなたこそキリスト(メシア)です」