「福音の風」  牧師 小林 光生2016年07月24日

「結婚しようよ 僕の髪が肩までのびて
君と同じになったら 約束通り
町の教会で 結婚しようよ・・」

私が若い頃(今でも若いつもり?)流行した吉田拓郎の「結婚しようよ」の歌の最初だ。
当時、歌いだしの「僕の髪が肩まで伸びて 君と同じになったら」という所が斬新であったという記憶がある。
「女性は長い髪だが、男性は短い髪」という常識のようなものを打ち破ったのだ。

今、男女に関する考え方、感じ方は大きく変化している。
今の日本で、学校や公共の建物では男女別々が常識となっている。
しかし、アメリカなどでは、トイレは男女兼用のトイレにしようという動きがあるという。
男用とか、女用とか決めてしまうと困る人が出てしまうということだ。
男女の境界線がなくなりつつある、ということだろうか。

また、結婚に関しても色々な考え方がある。
今日の礼拝の聖書箇所(※)で、パウロが述べている結婚に関する教えはどのようであるか。
私たちの常識では、考えられないようなことも述べている。
パウロ自身の判断と、主からの命令とをわけている。

時代によって変わるものと、変わらないものがあるのだ。

※第一コリント7章29~35節
兄弟たちよ。わたしの言うことを聞いてほしい。
時は縮まっている。今からは妻のある者はないもののように、 泣く者は泣かないもののように、喜ぶ者は喜ばないもののように、買う者は持たないもののように、 世と交渉のある者は、それに深入りしないようにすべきである。
なぜなら、この世の有様は過ぎ去るからである。
わたしはあなたがたが、思い煩わないようにしていてほしい。
未婚の男子は主のことに心をくばって、どうかして主を喜ばせようとするが、 結婚している男子はこの世のことに心をくばって、どうかして妻を喜ばせようとして、その心が分れるのである。
未婚の婦人とおとめとは、主のことに心をくばって、身も魂もきよくなろうとするが、結婚した婦人はこの世のことに心をくばって、どうかして夫を喜ばせようとする。
わたしがこう言うのは、あなたがたの利益になると思うからであって、あなたがたを束縛するためではない。
そうではなく、正しい生活を送って、余念なく主に奉仕させたいからである。」