「福音の風」  牧師 小林 光生2016年09月25日

 倉敷に来てまもなくの時、高梁市の備中松山城に行った。この城は山の上にある。
駐車場から専用マイクロバスに数分乗って下車、そこから20~30分ほど歩く。
城まで行くのは大変であるが、景色が良い。
こんな田舎だから戦いなどなかったのではと思ったが、大きな戦いがありドラマがあったのだ。

 そのお城の中に新島襄についての掲示看板があった。
「へー、こんな所と新島襄と関係があるの?」と思った。
その看板に高梁教会が紹介されていた。
「プロテスタントの教会としては同志社に次いで日本で 2 番目に古いキリスト教会堂です。」
というような案内があった。城からもそんなに遠くない。
カーナビに案内されて、町の中心部にある教会を見学することが出来た。
会堂は古いが、天井が高く、格式が高いという印象であった。
受付に「備中高梁におけるキリスト教会の成立」という本のチラシがあった。
値段は安いものではなかったが、早速注文して読んでみた。

 新島襄は、備中松山藩とも関係あり、帆船の快風丸で現在の倉敷市玉島(当時は備中松山藩)から函館へ行っている。
そうしてアメリカに密航した。不思議な導きでキリストを信じて、宣教師として京都に来た。
そうして同志社を立ち上げた。その時に、高梁にも伝道に来ていたのだ。
そうして、この高梁の地に、使徒行伝に出てくるような町を二分するような伝道が展開された。
(続く)