「福音の風」 (5/21 小林光生牧師 ) をアップしました2017年05月21日

福音の風 小林光生牧師

私の姉の夫は牧師をしている。10 年程前であるが、赴任している教会が開拓中であった時の苦労話を話してくれた。「私は、亡くなった方の遺族などから良いお古を頂いて30年間、背広を買う必要がなかった・・」
すると、友人である韓国の牧師からこのように言われたそうだ。「牧師が清貧に甘んじるという話はあまり良くないです・・」
 姉夫婦の長女は、現在イタリヤで調理師をしている。そこで夫婦で娘を訪問するという名目をつけて?、イタリヤやヨーロッパを毎年のように旅行している。だから清貧に甘んじているということではないだろう。お金の使い所が違うわけだ。説教者としてはそれらの旅行経験はマイナスにはなることはないと思う。
 新約聖書でパウロはキリストにある者は「何も持たないようでも、すべてのものを持っている」と言っている。2コリント6:10 伝道者は貧しいような豊かなような不思議な 存在であると思う。
 またパウロは同じ所で「悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり」と書いている。
 私自身は、何か問題や心が苦しいときにすることがある。それは、「主よ感謝します。イエス様感謝します!」言葉にするときもあるし、心の中で叫ぶときもある。すると不思議。時間が経ってみると心の中にやすらぎがやってくる。これも神からの賜物であり、「悲しんでいるようであるが、常に喜んでいる」の実現であると思う。