「福音の風」(2/11) をアップしました。2018年02月17日

 福音の風        小林和子牧師

 「しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、
  わきあがるであろう」   ヨハネ4章14節

 今日の詩篇42篇は、最初に、鹿が谷川を慕いあえぐように水を求めている人の姿が出てまいります。私達も、夏は暑さでのどがかわきますし、冬は空気が乾燥して水を飲んでいるのです。聖書の言っているかわきとは体のかわき以上の心のかわきであり、魂のかわきであり、心の穴を埋めようとする求めなのではないでしょうか?
ヨハネの福音書でイエス様が「誰でも渇いている者は、私のもとに来て飲むが良い。私の与える水はその人の内で泉となってわき上がり永遠の命にいたる水がわき上がるであろう」と言われています。イエス様がお与えになる活ける水とは永遠の命に至る水であり、その水の源泉である聖霊なる神さまだといえるのです。
倉敷や岡山を電車の窓から見てみますと多くの水路が目に入ってきます。大きな川がゆったりと流れて、水の豊かさを表すように緑の木々が春夏を彩っています。
私達は豊かさの中で、この魂の渇きの苦しさや大変さを見失いがちでしょう。しかし心の渇きは気づいていなくても誰もが感じ、求めているのだろうと思います。