「福音の風」(2019/7/21) をアップしました2019年07月21日

今日は旧約聖書の「伝道の書」からの説教である。
新改訳では「伝道者の書」、新共同訳では「コヘレトの言葉」ある。いわば「人生の伝道者」のメッセージである。
 この書のはじめに「聖書にこんなことばがあっていいの?」ということばが出てくる。
「伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である」
ヘブル語聖書では「空、すなわち空しい」が最初に出ており強調されている。そして「空しい」が重ねて複数形で書かれている。これらを考えていたら次のような私訳が浮かんできた。
ああ空しい、むなむなしい(複数形)
伝道者はつぶやく
ああ空しい、むなむなしい 何もかもみな空しい
ここで秀吉の辞世を思い出してしまう。「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」
伝道者はここで、だだ「空しい」と言っているのではない。このことばはヘブル語では「息」という意味であり、短く過ぎ去っていくものであるということだ。その「短い命、息」であるからこそ尊いのである。そうして何が私たちにとって大切なものであるかが教えられるのである。
 3章では「すべてには時がある」とある。これは「すべてに時があり、チャンスを捕らえよ」との教えではない。神の時がわからないからからこそ、今与えられた時に私たちに与えられた働きをするのである。
そうして、「神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた」と書かれてある。これについてメッセージを受けたい。