「福音の風」(2019/8/18) をアップしました2019年08月18日

わたしは主を愛する。主はわが声と、わが願いとを聞かれたからである。」詩篇116篇1節
この詩篇の作者は「わたしは、主を愛する。主がわが声と、わが願いを聞かれたから」というのです。
この「愛するから」ということば「なぜなら、~なので」という理由のほかに、しかし「たとえ~でも、確かに、本当に」など色々な意味をも含む言葉で書かれています。
私たちは「愛する」というと「~だから愛する」と考えがちです。祈りが確実にこたえられるという信仰だけでなく自分の思う答えでなくてもあるいは違った答えであってもというように色々な意味があると歌っているのです。
昔「たとえそうでなくても」という本や映画を見ました。信仰のゆえに、日本で投獄された韓国女性です。自分の思った状況にならなくても信じ抜くという素晴らしい信仰であると思います。最後には、祈りの声を確実に聞いてくださる神様への見事な信仰ではないでしょうか
イエス様も、「アバ、父よ」と天のお父様と祈りなさいと言われています。祈りの道を知っておられるからです。私たちはこの主イエスキリストの十字架の死を通して開かれた永遠の命をいただいたものに与えられる祈りの道を知らされたのです。主イエスを救い主として信じた者は、天の神様に、主イエスの十字架のゆえに祈ることができるのです。