「福音の風」(2019/9/1) をアップしました2019年09月01日

キリスト信仰にあって「礼拝とは天国を確認するところ、予行演習をするところ」であると言える。
今日、このようにして前任の牧師夫妻を迎えての礼拝を感謝したい。倉敷には山脇望牧師、柵原には山脇正子牧師と夫婦別々であるが、ご夫妻の健康も支えられて共に礼拝できることは大きな祝福であると思う。
お二人は、牧師を穏退されて、現在東京の立川で生活されておられる。先日、電話をした時にお孫さんが出た。「もしもし山脇のぞむさんいますか・・・」とのことばが出た。主にあっての兄弟姉妹であるという雰囲気を感じた。
「礼拝が天国を確認するところである」のは、親戚とかのつながりではなくて、再会が主の約束にたってのものであるからである。同級会やその他の再会も幸いな時であるが、時が経つとそれぞれ違った生活や様々な世界にそれぞれが生きている。
しかし、主のゆるしと復活の約束にあっての再会は天国での再会の予行演習となるのではないか。
「わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。」一コリント 3章6節
この聖句は、小林光生がこの岡山の地に遣わされた時に与えられたものである。私たちお互いが「成長させてくださる神」に共に仕え、礼拝できることを喜びたい。