「福音の風」(3/18) をアップしました2018年03月18日

 「まことに人はだれも自分をあがなうことはできない。そのいのちの価を神に払うことはできない。」詩篇49篇9節

私たちの命の身代金は払いきれない程、高価であるのです。旧約聖書のイザヤ書の中にも、私達は高価で貴いから、神さまは愛するが故に、代わりに人を与えてくださる。これが新約の主イエス様の十字架の身代わりの死だったのです。
神さまご自身が命を持って買い取ってくださると書かれてあります。贖い(あがない)と言う言葉は売りに出されているものを、もう一度買い戻して本来のに姿に戻すことを意味しています。
毎日の通読聖書のところで、ルツ記の主人公のルツが親戚のボアズによって買い戻されて晴れて妻に迎え入れられたと読みました。私たちも、主イエスキリストの贖いの十字架によっり救いを、永遠の命を頂いたのではないでしょうか?
自分では到底、払いきれなかった命の値を払っていただいているのです。命の値をご自分の死を持って買い取られたことを示しているのだと思い感謝でした。中学3年生の夏イエス様のこのわたしに「あながいの恵み」という愛のプレゼントを頂いて新しい歩みに生かされたのです。
その時に「どうせ、こんな私なんか」という思いから、「こんな私でも生かされている!」という思いに変えられたのです。