「福音の風」(6/10) をアップしました2018年06月10日

「民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。そのみ前にあなたがたの心をそそぎだせ。」詩篇62篇8節

「あなたがたの心を注ぎ出せ」という祈りの表現は、この詩篇にだけ使われています。
「注ぐ」とは、神殿の祭壇の周りにささげ物の牛や羊の血を注ぐ時に使われる言葉でした。
神さまの前で、ゲツマネで必死に祈られた主イエスキリストは、「苦しみもだえてますますに切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように血に落ちた。」とあります」ルカ22章43,44節。まさに命を注ぐかのように祈られたのです。私たちはいとも簡単に祈れば何とかなると口にしてしまいます。しかし主なる神さまに受け入れられる祈りとはこのように主なる神さまに心を注ぐ出す祈りではないかと思いました、
「私たちの霊性が整えられるために『祈り』こそ課題で、それについて教えられることも必要ですが、それは個人個人が体験、実践すること以外にその方法はないと思います。日毎のデボーション(聖書と祈り)はもとより、霊性を向上させるような良書を読んだり、黙想したり、密室での主との交わりなど、その臨在に触れることを体得することが重要だと思います。」とある方が書いておられました。
御霊なる神さまが呻くような祈りなのです。そして個人を超えて、民のための祈りがなされていくのではないでしょうか。