「福音の風」(7/29) をアップしました2018年07月29日

 今日の礼拝説教の聖書箇所は、ダビデ王が罪を犯した場面であり、最初「罪を犯した王ダビデ」という題をつけた。しかし後で「罪をゆるされた王 ダビデ」にして変更した。王ダビデが罪を犯したということも重大なことであるが、それ以上に罪をゆるして頂いたということが重要なことである。
 自分の罪はなかなかわからないものだ。自分の家来であるウリヤが戦場にいるときに、その妻と寝床を共にしてしまう。そうして色々と今でいう「隠蔽工作」をするのだが失敗してしまう。
神は預言者ナタンを遣わした。そうしてある譬えを通じてダビデの罪を指摘するのだ。その話を聞いたダビデは「そんなやつは死ぬべきである」と断言する。すると預言者ナタンは「あなたがその人です」と宣言するのだ。
 ダビデ王はその時にどのように答えたか。
「預言者の分際で、王であるわたしにはむかうのか」と言えたかもしれない。しかし、ダビデは「わたしは主に罪を犯しました」と告白することができたのである。ここにダビデの生涯の祝福の秘訣がある。死ななければならないような者がゆるされる回復の働きがここから始っている。
「神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。」
 詩篇51篇5節