「福音の風」(8/6小林光生牧師) をアップしました2017年08月12日

福音の風 小林光生牧師

 パウロは、「全(まった)き者となりなさい」と勧めている。(コリント人への第2の手紙13章)この「全き者となる」という言葉が、「網を繕う」という場面でも使われているということを先週の礼拝説教で紹介した。
 魚の漁をするにも、穴があったら網は役立たない。私たちの生活でも、「こんな穴があった」ということを経験するときがある。
 そんな穴を主イエスが繕ってくださるのである。
 私たちの信仰の父であるアブラハムも多くの失敗の穴に落ち込んでいることを聖書は記している。
 それが今日の説教のテキストにも出てくる。このときは名前がまだアブラムであるが・・。
 ききんがあり、アブラム一家はエジプトに滞在するのだが、創世記では「エジプトに下った」と書いてある。
 その時にアブラムは自分の妻サライを「これは私の妹です」とエジプトのパロ王にウソを言ってしまうのだ。
 サライはお母さんの違う妹でもあったので、半分ウソで半分本当である。しかし、サライをパロ王の宮廷に差し出してしまうわけで、これはアブラムが自分の保身のためであったと言わなければならないだろう。
 「自分の妻の美しいのを利用した犯罪的な行為だ」と思われるが、当時の古代世界では日本の戦国時代のようによくあったのかもしれない。このようなアブラムの失敗の穴がどのように主の恵みにより覆われたかが創世記に記されているのである。