礼拝説教「「アブラハムお父さん」2021年07月04日

ローマ人への手紙を建物にたとえてお話ししている。

玄関に続 いての本館第1 棟は、イエス・キリストにあたえられている<救い> について書かれてあった。 今日は、その信仰による救い、つ まり、信仰義認を解き明かすための一つのイラストレーション (図解とでも言おうか)としてのアブラハムが登場する。

まずこのアブラハムはユダヤ人にとっても異邦人にとっても <信仰の父>となってくださったのである。アブラハムは、ユ ダヤ人にとって「わたしたちにはアブラハムお父さんがいる」 という誇りとなっていた人物である。 このアブラハムもまたダビデも、行いではなくて、「神の・・に もかかわらずの愛」によって義と認められたのである。 しかもアブラハムがこの信仰義認を頂いたのは<割礼>を受 ける前であったということをパウロは指摘している。

4 章11 節 だから、アブハムは、ユダヤ人だけでなくて、異邦人にっ っても「信仰の父」となるのである。 「わたしは、あなたを立てて多くの国民の父とした」と書い てあるとおりである。彼はこの神、すなわち、死人を生かし、 無から有を呼び出される神を信じたのである。

4 章17 節 このアブハムお父さんの特色は「・・・にもかかわらず」の信 仰である。自分の子どもイサク誕生の時、またその愛する子 どもを神の前にささげるように命じられた時も、望み得ない ときも、なおも望みつつ信じたのである。

私たちも、アブハムを信仰のお父さんとしているのであ る。そうして、お父さんにならうものとされるのである。感謝 です。