礼拝説教「「創造の祝福の回復」2021年01月24日

主イエスが「暗黒の地の地と言われたガリラヤでの宣教を終え、いよいよ、エルサレムにむかわれるのです。そこで登場するのが、「自分たちこそ神の律法を厳格に守っているぞ」というプライドをもったパリサイ人です。主イエスを試み、陥れようとしての質問です。「何らかの理由で、夫がその妻を離縁するのはさしつかえないでしょうか」

この質問の背景となっているのがバプテスマのヨハネではないかと思います。ヨハネは、略奪婚をしていた領主ヘロデ王の不倫を指摘して、首をはねられていたのです。「イエスよ、あなたはメシアとしてこの結婚、離婚についてどうよう思うのですか」

主イエスは、ここでまず、人間創造の場面から結婚について述べておられます。「父と母を離れ、その妻と結ばれて(くびきを共にするという意味があります)いるのだから、神が合わせられたもので、人が離してはならない」そこで、パリサイ人は主イエスに反論したのです。

「でもモーセは、妻を出す場合は離縁状を出しての離婚を認めているではないですしょうか」これは、私たちの現実でもあります。主イエスの答えは、「そのような離縁の現実は,あなたがたのかたくなさ(頑固さ)です」と言われたのです。「心がかたくなになった」という表現が聖書の中で一番でてくるのが旧約聖書のエジプトの王であったパロです。「おれこそがこの国の王だ」という、プライド自尊心が」あったのでしょう。

自尊心は、大切なものですが、それが罪と結びつくのではなくて、主の恵みの約束と結びついていくことが祝福となるのです。
ここで主イエスは独身についてもいわれています。主の約束に結びついた祝福された独身があるのです。