礼拝説教「からし種一粒ほどの信仰」2020年11月15日

主イエスが高い山で姿変わりされて、山を降りてこられました。山の上には 3 人の弟子たちが一緒でしたが、下に残された 9 人の弟子たちの所に発作(口語訳ではてんかん)で苦しんでいた子供の親が「いやてください」と頼んだが出来なかったのです。

これは、主イエスが、天に帰られて後の教会の歴史、また私たちの姿の一場面を表しているのではないでしょうか。「主よ。どうしてできなかったのでしょうか。いやしの働きがなされないのですか。」
これに対する主イエスのお答えは「あなたがたの信仰が足りないからです。からし種一粒ほどの信仰の信仰があれば、困難と思える山も動くのです」と言われました。
この約束のことばは、非常に大きな約束と同時に、色々と間違った方向にも行ってしまう危険もあると思います。これについて、学び主からのメッセージを頂きたいのです。

先日紹介した「うるわしの白百合」を賛美します。古い版の賛美歌なので、歌詞を紹介します。
『うるわしの白百合』 賛美歌496 (新聖歌128)

1.うるわしの白百合 ささやきぬ昔を
イエス君の墓より いでましし昔を
(折り返し) うるわしの白百合 ささやきぬ昔を
百合の花 ゆりの花 ささやきぬ昔を
2.春に会う花百合 夢路よりめさめて
かぎりなき生命に 咲きいずる姿よ
3.冬枯れのさまより 百合しろき花野に
いとし子を御神は 覚したもう今なお
アーメン
NHKの朝の連続ドラマで、主人公の妻のお母さんがクリスチャンで、戦争が終わり焼け野原の中で歌う賛美歌です。