礼拝説教「わたしはアルファでありオメガである」2021年11月07日

今日は倉敷ホーリネスチャーチでは、召天者記念礼拝である。今日はヨハネの黙示録から「聖書における初めと終り」 という内容である。

まず、世界の初めと終わりである。「今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者である神、主がこう言われる。「私はアルファであり、オメガである。」1:8(共同訳)アルファは、英語でいえばAであり、オメガはZである。 創世記で「初めに天と地と人間を創造された全能なる神」が黙示録で、救いの完成をなされるのである。

個人的なことと結びつけて申し訳ないが、説教が与えられる時のことである。初めに、祈りつつ、聖書を学び、思い巡らしているときに、最初は混乱というか何をメッセージしていいかわからない、カオス、混沌としている。祈りつつ歩いている時とか、「眠られぬ夜」ではないが、眠りの中でも格闘した後に、「これだ」「これを話そう」というものが与えられる。A、アルファから始まったものが、Zまで、オメガまでまとまるというか、与えられる感じがする。

次に私たちのカレンダー、生活の始まりと終わりである。 「ところが、わたしは、主の日に御霊に感じた。」1:10 迫害のためにパトモス島に流されたヨハネは「主の日」に礼拝をしていたであろう。ここでの「主の日」は日曜日のことである。主イエスが復活された日を記念として「主日礼拝」をしている時に、栄光のイエスを見たのだ。ヨハネは倒れた。しかし、その啓示を書きとめるように命じられたのである。   最近は日曜日が最後に来る、おかしなカレンダーが多くなっている。主イエスは、週の初めの日(日曜日)に復活されて、この日を記念として全世界で礼拝されているのである。

その「主の日」に与えられた、幻とメッセージはどんなものであったか。