礼拝説教「エジプト脱出」2020年05月10日

モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。」
(出エジプト 14章13 節)

今日の説教の聖書は旧約聖書の大きな危機の場面です。「後ろは追い掛けてくるパロの軍隊、前は紅海(別訳では葦の海)、もう
だめだ」 イスラエルの民の叫び、うめきは「エジプトに戻りたい、墓場がないから私たちをこんな荒野に連れてきたのか」というもの
でありました。
それに対する、指導者モーセを通じての主なる神のことばが書かれてあります。
それが「主がなされる救いを見なさい」つまり、主がこれからなされる出来事を見なさいというものであったのです。
モーセと民は、それまでにエジプトにくだされた 10 の災いを見たのです。その中の一つが「疫病」でした。そのような中で、エジ
プトのパロ(ファラオ)がモーセたちに言ったのです。「お前たちは、ここから出て行きなさい。主に礼拝でもなんでも行うがよい」
「出エジプト」が出来事であったように、主イエス・キリストの十字架も復活の、私たちの歴史の中での「出来事」であったのです。こ
の出来事を私たちは見て体験することができるのです。罪というすべての人の生活の中からの救いがどのようなものであるかを私た
ちが体験してそして見せるのです。
先週紹介した、カミュ著「ペスト」という本の中で、ペスト流行という中での司祭の説教が登場します。出エジプト記に出てくる疫病を
引用して、「心おごれる者どもへの神の刑罰だ」というような話しをするのです。
しかし、ある少年が登場し、この少年の死を通じてでしょう、最後の方では話しは変わってきます。「ペストのもたらした光景を解釈
しようとしてはならぬ。この不条理のなかでこそ、神を信ぜざるをえないことを見た。」というような話しが出てきました。
イスラエルの民は、どのようなことを見て、体験したでしょうか。
モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた。イスラエ
ルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。14
章21、22
紅海(葦の海)が二つに分かれるのを見つつ、エジプト脱出を経験したのでした。 そうして 15 章では「主にむかってわたしは歌
おう、彼は輝かしくも勝ちを得られた、」とモーセとイスラエルの人々に賛美が与えられたのです。
初代教会はローマ帝国の中で迫害の中にありました。そのような時にキリスト者は天然痘と推定される疫病により見捨てられた多く
の人々と共に歩んだのです。そうしてキリスト信仰が広まり、皇帝コンスタンティヌスによってキリスト教が公認される事となったので
す。
(祈り)私たちの天の父よ。今この時私たちを、この日本を、世界を助けてください。悪よりお救いください。アーメン。