礼拝説教「キリストとの共同相続人」2021年08月15日

先週は、「~ねばならぬからの解放」」という題でのメ ッセージであった。そのところで私たちは、「律法から解放 され・・・、新しい霊によって仕えているのである」7:6 と の約束を確認したが、「新しい霊によって生きる」とはどの ようなことであろうか。」これが、ローマ8章に展開されて いる。

今回は、天地を創造された神を「アバ(お父さん)と 呼ぶことを通じて「新しい霊によって」生きることが明らか にされている。 人間は「モノ・もの」ではなくて「霊的な存在であること」 が、アダムとエバの創造の場面から始まっている。 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きい れられた。そこで人は生きた者となった。創世記2:7

人間は土のちりで造られたものでまた土に帰っていく。し かし、生命の息を鼻に吹き入られた存在である。ここに、人 類の歴史が始まっている。神の息が吹き入れているから、「モ ノ語り」ではなくて、「物語」ストーリーとなるのである。

今日はローマ8 章15 節を中心のことばとしたい。 「あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたの ではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊 によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。 「アバ」とは「お父ちゃん」という意味である。いわば幼 児語である。主イエスは、天地創造の神を、「父よ」と祈ら れた。これが主イエスの「霊性」であったとも言える。

私た ちは、主イエスにあってもっと父なる神との親密な関係を頂 いているのである。それが「アバ、父よ」の祈りである。 何と!人をだめにする奴隷の霊ではなくて、キリストと の「共同相続人」とされているのである。