礼拝説教「メシヤとしてのエルサレム入城」2021年02月21日

ある青年がキリスト信仰をもち間もない時に、教会学校で話しをした。主イエスが子ロバに乗って、エルサレムに入られた場面で「主イエスのエルサレム<入場>」と書いたそうだ。すると、年配の女性の伝道師が後で次のように教えてくれたそうだ。「<入城>というのは、王様が城に入ることを意味する言葉です。私共のような庶民がお城に入っても入城とは言いません。入城とは王様が城に入ること。それによって、城の主人が変わる。それが入城です・・・」

主イエスがエルサレム「子ロバ」に乗って<入城>されたのは、旧約聖書の約束の実現で、主イエスが「柔和の王」であられることが明らかにされたのである。
「見よ、あなたの王はあなたの所に来る。彼は義なる者であって勝利を得、柔和であって、ろばに乗る。すなわち、ろばの子である子馬に乗る。」(ゼカリヤ 9:9 後半)

「戦車」ではない。また「軍馬」ではないのである。この時、エルサレムは「過ぎ越しの祭り」の時であった。「およそ200万人の人々がエルサレムに集まっていたであろう。」と推察さ
れる。人々はどのように主イエスは迎えただろうか。

戸惑いと混乱があったが、その中で、主イエスを「王」として迎える人々がいた。まず、「自分たちの上着を道に敷き、王であられるメシヤを迎えたのである。そうして「ダビデの子に、ホサナ」と叫んで主イエスをお迎えしたのである。ホサナとは、「今救い給え」という意味である。この詩篇118篇25節からの引用であり、王としてのメシヤ預言である。最初に紹介した青年は、現在牧師となっておられる。キリスト信仰を持つとは主イエスを私たちの王としてのキリストを迎え入れて生活することではないか。