礼拝説教「二つの約束」2020年05月31日

あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおい
でになるであろう」。 使徒行伝1 章11 節

 いつも礼拝で共に使徒信条を告白しています。その中では主イエスに対する信仰告白が一番長いのです。「三日目に死人
の内よりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審
きたまわん。」今日はこの場面が登場します。
 今日の聖書箇所は、復活された主イエスが弟子たちに約束を与えられて、天にのぼられた場面です。その所は、オリーブ
山です。主イエスが十字架に架かられる前に祈られたところです。(他の福音書ではゲツセマネ)

 復活された主イエスは弟子たちに「父の約束を待っていなさい」と言われたのです。弟子たちの関心は「その約束は、こ
のローマ帝国に支配されている状態から解放されることですか」「それが今ですか」というものでした。
主イエスの答えは「イスラエルの回復の時は、神が決めておられることである。あなた方が決めることではない」という
ものでした。
 復活の主イエスが弟子たちに、また私たちに与えられて約束は何であったでしょうか。それが、「聖霊を受けて、私の証
人(しょうにん)となる」ということです。証人とは、裁判でも使われますが、自分が見たことを、体験したことを明らか
にする人です。「主は今、生きておられえる、わがうちにおられる」という賛美があります。
主イエスが今も共にいてくださり、主イエスの救いがどのようなものであるかを体験して、「証言する」のです。今日は、
ペンテコステ(ギリシャ語の50 に由来する)で教会の誕生日ともいわれる日です。復活祭(イースター)から50 日目の日
曜日で、元々は旧約聖書での収穫の祭りの日でありました。
 「霊」とはヘブル語で「息」という意味です。アダムが神によって「息が吹き込まれた」ように、私たちも主イエスのい
のちの息を吹き込まれたものとして歩むものです。感謝します。
もう一つの約束は、天をみつめている弟子たちに御使いが告げた約束です。それが、「あなた方が主イエスが天に上げ
られるのを見たのと同じ<有様>でもう一度、主イエスが来られる」という約束です。

 先週、「夏の甲子園の試合がなくなる」というニュースが入り、近くの高校の練習グランドを見ましたが、いつもは練
習の声が響いていのに、だれもいないという<有様>でした。<有様>とあります。そうです。見える形での、主イエス
がもう一度来られるという約束です。主イエスの再臨は、見えない、シンボル的な預言ではないのです。
祈り 初代教会の挨拶が「マラナタ・主よ来たりませ」が合言葉であったように、私たちも聖霊に生かされて、主にお会
いする準備ができますようにしてください。