礼拝説教「口には蜜のよう、腹には苦い」2022年01月16日

ヨハネの黙示録で患難時代とも表現される所からメッセージさせて頂いている。9章では第5番、6番目のラッパが響き、神のさばきが預言されている。

5番目のさばきのラッパにより「いなご」が登場する。しかもこのいなごは「さそり」が持つような力を持っている。このいなごはギリシャ語で「アポルオン」と言う。日本語での名前を考えてみた。「破壊王」である。

第6番目のさばきのラッパにより、人間が三分の一滅ぼされるという悲劇とも思われることが預言されている。

その中で 「自分の手で造ったものについて、悔い改めようとせず、また悪霊のたぐいや、金、銀、銅、石、木で造られ、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を礼拝して、やめようともしなかった。」9章20節とある。悔い改めることができることは大きな恵みであることがわかる。

10章では、この黙示録を記したヨハネの不思議な体験が書かれてある。一つは、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。10章7節 黙示録とは、神が将来について「書きとめる」書であるが、ヨハネは聞いたが「書きとめるな」と言われたのだ。

二つは、神の約束のことばとも言える巻物を食べるという経験である。わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。」という経験をしたのであった。これは、どのような意味かをずっと思い巡らした。ヒントとなるのが、主イエスの生涯ではないかと思った。

宣教のはじめで洗礼を受けられたときに「これは、わたしの愛する子」と天から声をかけられた。しかし、十字架においては「わが神、わが神どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれた。私たちの罪のために身代わりに、神に見捨てられてくださったのだ。 苦き杯を「主イエスよ、あなたと共に受けさせてください」と祈る者とさせて頂きたい。