礼拝説教「国籍をこえる福音」2020年10月25日

今日登場する人物は主イエスにその信仰をほめられた女性です。主イエスに次のように言われています。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。(新改訳)

福音書でこの「ああ」は「ああ不信仰な曲がった時代であろう」と否定的なことばが多くでてくるが、ここではほめての感嘆です。
彼女はマルコによる福音書によればギリシャ人で、ユダヤ人からいえば異邦人です。主イエスがツロとシドンという地方にでかけられたときに主イエスに出会い、悪霊に苦しめられている娘の救いを願うのです。彼女の願いは最初、無視され、拒否されたようです。
1.主イエスはひと言もお答えにならなかった。
2.弟子たちのことば「この女を追い払ってください」
3.主イエスの女性へことば「異邦人にはつかわされていない」
この異邦人の女性は、最初主イエスに願いを断わられてたような時に「近寄って主イエスを礼拝したのです。そうして「子どもたち(イスラエルの人々)のパンを子犬(異邦人)に与えるのはよくない」という主イエスのことばに答えるのです。すると女は言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」。マタイ 15:27

主イエスはこの女性への拒否とも思える会話のなかで、この女性の信仰を引き出そうとおられるのではないかと思えるのです。それは、「子犬」という表現です。犬ということばは「あの犬どもを警戒しなさい」ということをパウロが言っているようにあまり良い意味では使われていません。でも「子犬」となると違うのです。
「イエス様、わたしたちを、子犬と呼んでくださるのですね。子犬子どもたちに与えた恵みのおこぼれをいただくことができますよね!このような女性の思いが伝わってくるのではないでしょうか。実は、この出来事は、「主イエスの福音は、イスラエルの民だけでなくて、国境をこえた福音である」というメッセージとして伝わってくるのです。