礼拝説教「失望に終わらない希望とは」2021年07月11日

個人的な話になってしまうが、ローマ5章5節のみことばは、小林 光生・和子の結婚指輪に Rom5:5 と刻んで約束のことばとしたもの である。「そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたし たちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注 がれているからである。」結婚して40年以上支え続けてくれたみ ことばである。

このローマ書を建物に譬えているが、この5章は本館第一号棟の まとめであり、主イエスの救い、義認の結果どのような者とされてい るかを確認している。 まず確認したいのが1節の約束である。「キリストにより、神 に対して平和を得ている。この「平和」ということばは、「平安」 とも訳されているが、「平和慣れ」している、今の私たちには ピントとこない感じがする。 主イエスが話された当時の挨拶に「シャローム」というものが ある。「平和・平安」を告げるものであるが、主イエスが弟子た ちに「シャローム」と話しかけられたように、わたしたちも父 なる神に「シャローム」と挨拶をかわす関係とされているので ある。ここからすべてが始まるのである。

4節に「忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すこ とを、知っているからである。」とある。この<練達>を共同訳 では<品性>と翻訳している。英語のある訳では<キャラク ター>とあり、興味深い。 罪の結果は、<呪いの連鎖>が始まってしまう。イエス・キ リストの救いを頂いた者がどんな、キャラクターを持つに至る か(最初からではない)を学びたい。