礼拝説教「山を下られる主イエス」2020年07月05日

イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「私は望む。清くなれ」と言われると、たちまち規定の病は清められた。
マタイ8章3節(協会訳)

マタイ伝で主イエスが山上の説教を終えて山から下った時に出会ったある男性の病をいやされた場面である。
口語訳聖書では「らい病は直ちにきよめられた」。
新共同訳では「たちまち、重い皮膚病は清くなった」。
そうしてこのたび新しく訳された聖書協会共同訳では「「規定の病は聖められた」と訳された。
規定の病では意味がはっきりとしない感じだが、翻訳が最もむずかしい。この病にかかった人々が、 旧約聖書でもよく登場する。
人々から隔離されてしまい、「わたしはけがれています」とさけびならみんなから離れ、差別的距離をとらなければならなかった。
そんな男性が主イエスのもとに近よってきたのだ。そうしてひれ伏して「主よ、あなたには私のやまいをきよめることができます」と信仰の告白をしたのだ。どのようにしてこの男性がこの信仰に導かれたかは書かれていない。何と主イエスは彼にさわられたのだ。今コロナ禍にあって野球でもハイタッチも出来ない状態であるが、主イエスはまさにこの男性に触れられたのである。
そうして、この男性の信仰と願いを受け止められて、「そうしてあげよう、きよくなれ」」とのことばを与えられた。
主イエスの山の上での説教に群衆はその権威に驚いたとあるが、その権威は、下に下(くだ)る権威であった。主イエスは、天よりこの地上にくだってくださり、この汚れていると見なされていた男性をいやすために山をくだり、十字架にかかり、黄泉にまで下ってくださったのである。
主イエスは山からくだって来られた。それは「救い主、メシア」としての登場である。そしてこの病をいやされたのであった。