礼拝説教「幸いなるかな心貧しき者」2020年06月14日

「こころの貧しい人たちは、さいわいである、
悲しんでいる人たちは、さいわいである」
(マタイの福音書5 章3、4 節)
主イエスがこの山の上の説教でまずどのように語りはじめら
れたのでしょうか。
イエス様が話されたのは「幸いですよ」「良かったね!」とい
うことばでした。「だめですよ」ではなくて、どのような人が幸い
な者として招かれているかを教えてくださっているのです。
どんな人々が幸いなのでしょうか。
ここにある貧しさとはよく素直であるとか単純 シンプルであ
るとかといわれます。自分の中には何にもないだから神様に
心から従い求める人なのです。
心の貧しい人々に、神さまは素晴らしい祝福の約束を備え
てくださっています。「天国は彼らのものであるのです」とあり
ます。
この天国はどのようなものであるかは、マタイの福音書の主
題ともなっていますので、これから学んでいきたいのですが、
この祝福は、幸いは、「心の貧しい人に与えられると主イエス
は、語られたのです。
今、私たちは、今まで積み上げてきたものが、ウイルス疫病
により一いっぺんに駄目にされているような状態にあります。
そのような中で、主イエスが教えてくださった「貧しさ」「心の謙
虚さ」を教えて頂き、主にある幸いを頂けるように祈っていきた
く願うのです。