礼拝説教「望みの神」2021年10月17日

ローマ人への手紙からのメッセージは次回が最終回であり、今日はクリスチャン生活での最後の勧めである。

中心聖句として「どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。」15章13節としたい。口語訳聖書で「望みの神」を検索すると、ここだけである。

ここで思い起こすのがローマ書の5章5節に出てくる「望み」である。 「そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである」これは、小林光生・和子の結婚指輪に刻んだ聖句である。この希望は、「神の栄光にあずかる」5章2節 というものであり、6章からの「きよめ」への望みと約束つながっていく。

パウロの希望とはどんなものであったのだろうか。15章で出てくるのは、「異邦人が、主の民と共に喜ぶ」ことである。(10節) 異邦人伝道のために働くパウロにユダヤ人の反対運動がありつつ(31節)この望みに生き続けたのだ。

ここで大切なことは、この希望は自分の願望というものでなく、「神の約束」にたったものであり、聖霊によって神の愛がそそがれ続けられていくことを通じて実現されるということである。

パウロは、エルサレムを訪れたあとでローマに福音を分かち合うためにいき、またイスパニヤ(スペインで当時の地の果て)にもローマのキリスト者に送りだされて行きたいという「希望」をもっていたのである。私たちも「望みの神」が望みにあふれさせてくださるように祈りたい。