礼拝説教「神と小羊とが都の神殿」2022年03月13日

黙示録から共にメッセージを受けている。黙示録の最後の新天新地の場面から共にメッセージを頂いた。新天新地は、「新しいエルサレム」であり、城壁の土台が宝石で都の大通りは(ある訳では広場)、すきとおったガラスのような純金であった。

今日はその続きであるが、「○○がない」「○○がある」という表現で書かれてある。3つを紹介したい、

最初に「わたしは、この都の中には聖所を見なかった」 22節前半 この地上のエルサレムでは、神殿がありそこでの聖所があったが、新しいエルサレムでは、全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所なのである。22節後半

その聖所で何がなされるのか。「神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、御顔を仰ぎ見るのである。彼らの額には、御名がしるされている。22章3、4節

次には「日や月」がない。「日や月がそれを照す必要がない。」23節 神の栄光が都を明るくし、小羊が都のあかりだからである。

旧約聖書のモーセも神と出会ったときに、光り輝いていた。出エジプト34章35節。この栄光がこの黙示録にも登場するのである。

最後に嵐をもたらす「海がない」21章1節 しかし、」黙示録には、「いのちの川がながれている」 御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。22章1節 この川によって、毎月実をならせる「命の木」があり、豊かに食べるという交わりが約束されているのではないか。

ところが、新しいエルサレムでは、黙示録で繰り返されて来た賛美についての言及がない?「いや、あった!」 黙示録には21カ所で賛美が出てくるという。

そうして、「アーメン、主イエスよ 来て下さい」という黙示録最後の所は信仰告白であると同時に、賛美でもあると言える。