礼拝説教「神には出来る」2021年01月31日

主イエスが、ガリラヤでの宣教を終えて、エルサレムへの旅路の中 での出来事の続きです。

今回は、富める青年が登場します。同じ場面でのルカによる福音 書では、口語訳では「ある役人」共同訳では「ある議員」とありありま す。今の私たちで言えば、市会議員ではなくて、国会議員のような立 場であったと思います。その青年が重要な質問をしたのです。 「先 生、永 遠 の 生命 を 得る た め に は、ど ん な よ い こ と を し た ら い い で し ょ う か」。(マ タイ 19 章16 節)

この青年の「永遠の命を得るために<どんなよいこと>をしたらい いでしょうかを巡って、主イエスとの問答が続くのです。この青年は、 「小さい時から、律法を守ってきました。」といわば自信たっぷりにと 答えたのです。 まずここで確認したいことは、私たちは<よいことをして>永遠の 生命を得るのではないのです。

聖書通読で先日、新しい共同訳でガラテヤ書からの約束を読みま した。 「し か し、人 が 義 と さ れ る の は、律法の 行い に よ る の で は な く、た だ イ エス・キ リ ス ト の 真実 に よ る の だ と い う こ と を 知 っ て、私 た ち も キ リ ス ト・イ エス を信じま し た。」(ガ ラ テ ヤ 2 章16 節)

わたしたちの行いではなくて、キリストの真実が救いの土台である ことが明らかにされています。 富 め る 者 は 救わ れ な い の で し ょ う か。そ う で は あ り ま せ ん。「人 に は そ れ は で き な い が、神 に は な ん でも で き な い 事 は な い」。(マ タ イ 19 章26 節)

主イエスは、この後、十字架へ向かわれて最も大切ないのちを投 げ出してくださったのです。そうして私たちも自分にとって最も大切 なものを、主にお献げして歩む道を開かれたのです。感謝です。