礼拝説教「神の刻印を押された者たち」2021年12月26日

今年最後の礼拝となるが、今日は黙示録7章からであり、イスラエルの子らに神の印が押される場面がまず出てくる。その数がイスラエルの12部族それぞれ1万2千人である。 12×12,000=144,000という数である。

ローマ書からのメッセージのところで以下のような約束があった。「イスラエルの一部がかたくなになったのは、異邦人の満ちる時が来るまでのことであり、こうして全イスラエルが救われることになるのです。」11章25節(共同訳)

144,000という数は、救われるイスラエルの子らの定員ではなくて、「全イスラエルが救われる」というローマ書の約束実現ではないかと思った。

この後に、「見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆」9節の賛美と礼拝が出てくる。この人たちは「大きな患難をとおって来た人たち」14節とあるので、「患難時代」と言われる時の預言ではないかと思われる。

2つのことを確認したい。 最初は「神の印」ということである。「わたしたちの神の僕らの額に、わたしたちが印(共同訳は刻印)をおしてしまうまでは」7章3節とある。聖霊様は、私たちの霊(心のおもい)と共に働いて「私たちが、主イエス様ものである」ということをわからせてくださることが約束されている。「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救の福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。」エペソ1章13節。

もう一つは、「白い衣」が与えられているということだ。 ラオデキア教会の人たちにも「あなたの裸の恥をさらさないため身に着けるよ うに、白い衣を買いなさい」とのことばがあった。

主イエスにお会いするために、「神さまのものであるという」証印と「救いの白い衣」を頂いていることを確認したい。