礼拝説教「第二のアダム」2021年07月18日

1964年に戦後復興のしるしとして東京オリンピックが開かれた。同じ年に三浦綾子さんが「氷点」を発表された。主人公の陽子を通じてわたしたちの内にある「原罪」」が問われたのであった。映画にもなり、何回もテレビでドラマ化された。

今日の聖書箇所は、人間の原罪とキリストの救いとが、「第一のアダム」と「第二のアダム」と表現されて登場する。「このようなわけで、ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので・・・」12節このアダムは、きたるべき者の型である。14節後半パウロはここでアダムを通じて罪が世に入り、死が全人類に入り込んだと指摘している。このところまでパウロは、複数形とも言える罪を指摘してきた。ユダヤ人の罪、異邦人の罪、すべての人の罪などである。このところから、パウロは、人間の奥深い「原罪」を指摘して、そこからの救いを述べている。いわば、単数形の罪について語っている。

ローマ書を建物に譬えているが、いよいよ、本館の第二棟となる。今日は、次のことばを主からの約束としたい。「もし、ひとりの罪過によって、そのひとりをとおして死が支配するに至ったとすれば、まして(新改訳ではなおさら)、あふれるばかりの恵みと義の賜物とを受けている者たちは、ひとりのイエス・キリストをとおし、いのちにあって、さらに力強く支配するはずではないか。」ローマ5章17節