礼拝説教「脱出の道」2020年04月19日

『あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。』(第一コリント10 章13 節)
新型コロナウイルスが広がり、全国に非常事態宣言が
なされました。私たちの教会でも集合礼拝を休止し、このような分散礼拝となりました。
ここで確認したいことがあります。それは先週のイースター礼拝でお話ししたことですが、「キリストの教会は、聖墳墓教会のようなものだ」ということです。エルサレムにありますこの教会は主イエスが復活されたとされる「空の墓の上」に建てられているのです。つまり、私たちの教会はイエス・キリストの復活の上に建てられたものであるということです。
私たちは、教会でも、家庭でも、個人でもこの復活の主イエスを礼拝できるということです。この時に、家庭で、夫婦で、個人で復活の主を中心とした礼拝の時をもつ訓練される恵みの機会とさせて頂きましょう。
私たちは最後には一人とならなければなりません。死を前にしたときでも「主は今、生きておられる。わがうちにおられる」と賛美することが出来るのです。
今日の聖書の箇所では「神は絶えられない試練に会わせられることはない」という約束が与えられています。さらに「試練と同時にのがれる道(脱出の道)を備えてくださる」というのです。今私たちが覚えている困難は、このコロナ感染だけではないでしょう。このコリントの教会ではどんな困難があったのでしょうか。
それは、悪をむさぼり、偶像礼拝との戦いでした。その結果生まれてきたのが「つぶやき」でありました。
ここでの逃れる道、脱出の道とはまず「罪とその結果からの脱出ではあります。 私たちのまわりには、ウイルスだけでなくて、多くの恐れがおそってきます。
私たちは主イエス・キリストの十字架、復活にあって「子よ安かれあなたの罪はゆるされた」という宣言を頂き、神の子として歩むことが出来るのです。「われらを試みに会わせず悪より救い出したまえ」と祈りましょう。
最期に11 節に「世の終わりに臨んでいる私たちに対する訓戒のためである」とあります。この地上のものには絶対的なものはありません。
この時も、主の約束を信じ、感謝して、復活の主イエスにお会いする準備が出来るように、祈り祝福します。